ゲームな日記

君にやっと巡り逢えた
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砕けた記憶より




 夜。その日の月はどこか青白かった。
 モレンドが寝静まったのを窓ガラス越しに確かめた私は、自分もそろそろ眠らねばなるまい、と他人事のように考えた。
 明日、アンダワルドに駐在するスカイハンマーの部隊は調査という名目でナロールの巣へ赴く。モレンドもそれについていくと決めた。逃げてもよい場面で、選択肢のある場面で、奴は逃げないと決めた。戦うと決めた。ならば、私はついていくだけだ。
 自分で決めたこととはいえ、明日の出撃に緊張していたのだろう。やっと眠ったモレンドを窓越しにしばし眺める。
 青白い月が、明日を憂いている。…そんな気がする。
 私も疲れているのかもしれない。さっさと眠って、明日に備えよう。そう思い翼を広げたとき、家から出てくる人影を見つけた。片腕のないシルエットはそうそう見間違えることはない。モレンドの父親、サークス人だからというただそれだけの理由で疎まれている、トラスだ。
 トラスが向かったのはいつもの場所。そう、モレンドの母親、トラスにとっては最愛だった人の眠る丘だ。
 私はなんとなく、トラスを追うように空を飛び、ついていった。
 トラスの背中から、雰囲気から感じる、死の気配。魂の希薄さ。青白い月が病的なまでに白く照らし出すその姿は、今にも折れそうな花に似ていた。

「メロディ。お願いがあるんだ」

 私がついてきていることなどとうの昔に気付いていたようで、当たり前のように声をかけられ、私はカチン、と歯を合わせて返事をした。
 トラスは冷たい墓石を愛おしげに撫でた。何度も、何度も、ゆっくりと。そうして最愛の者の頭を撫でるように。

「私に何かあっても、モレンドを優先しろ」

 まだ人の言葉で意思を伝えることのできない私は首を捻った。なぜ、と。なぜそんなことを言うのか、という意味で。
 トラスは明日の出撃に何かを予感しているのだろうか。上手くいけばいい、上手く終わればいいと皆が願っているそこに、絶望があると、予感しているのだろうか。だが、なぜ。
 青白い光に照らされて夜の中にぼんやりと浮かぶトラスの顔は、死人じみていた。サークス人という人種はあまり血色がよくないという特徴があるが、それが際立ちすぎて、まるで死人のような顔色になっている。その顔で笑われると、私は何も言えなかった。
 私が首を捻ったことにトラスが気付かなかったことはないだろうが、奴は何も言わなかった。ただ曖昧に微笑んで墓石を撫で続けている。その手が冷たい墓石と同じ温度になろうと構わない。
 私の方が先に折れて、こくり、と頷いた。それでトラスは満足そうに頷いて返した。そして、青白い月を見上げる。

「夢を見てね。フェンが私に会いに来た。なんだかとても悲しそうな顔をしていたんだ。…だがどこか嬉しそうでもあった」

 フェン、というのはモレンドの母であり、トラスの愛した女の名だ。
 彼女の魂を感じた、とトラスは言う。きっと私を迎えに来たのだろうね、とも。何を弱気になっているのかと私が翼をばたつかせたところで気にも留めない。トラスの意識は、魂は、すでにこの世界を離れかけていた。愛しい者の導きに、安堵したような顔さえして。


 ……私に何が言えるだろうか? 人の言葉など話せない、意思を伝える術のない私に、何が。
 支えてくれる者が、愛している者がいなくなり、トラスが辛くなかったはずはない。そんなことは分かっている。分かっているとも。愛しい者が迎えに来た。そちらにいく。その選択がトラスにとってのささやかな幸福なのだろうことも。
(だが、モレンドはどうなる)
 もう泣き喚くような子供ではなくなったかもしれないが、奴にだって支えはいる。両親。自分を肯定してくれていた片方を失い、もう片方まで失えば、奴は何を土台に立っていく。何を支えに進んでいく。何を信じて生きていく?



(ああ、この記憶も、壊れる)
 壊れてしまう記憶は、魂は、壊れたくないとばかりに最後の声を上げる。その記録を叫び、パリン、と音を立てて砕けさせ、散っていく。
 私の魂はそうして少しずつ小さくなっていく。
 だが、それでいいんだ。モレンド。それが私の選んだ道だ。肉体がなくともお前を護る術を知った私が自分で選んだ道だ。なくしてしまうには惜しい記憶ばかりだが、お前を護るためだ、仕方がない。
 モレンドを襲った破壊の一撃で、私の記憶はまた一つ散った。
 モレンドが私を気にするようにこちらを振り返る。だが、もう私のことは見えていない。私は奴が危機に晒されたその瞬間に具現化するだけの存在だ。痛みも感じない。ただ、お前が無事でよかったと、安堵するだけ。
「よそ見するなよ」
 モレンドが無事だと知って息を吐いた東方の侍は敵陣を切り刻みに、連れのドラゴンと共に飛び込んでいった。
 モレンドはといえば、後方から魔法を唱えている。破壊の一撃には破壊の一撃を。目には目を。歯に歯を。
 モレンドは今戦っている。悪の勢力と。この世界を脅かす勢力と。
 孤立していたモレンドだが、旅を続けているうちに、仲間が少しずつ増えてきた。私はそのことを嬉しく思う。
「バモ」
『承知』
 バモーカクの力を借りて空いっぱいに広がる魔法陣をぼんやりとした心地で見上げる。「シロ」『なぁに?』「前から来る。守ってくれ」『うん、わかった!』シロと呼ばれた黒い竜は自分の力を嫌っているが、求められれば応え、腐蝕の力を操り、モレンドを護る。
 …私は少しずつ曖昧になっていく。
 私が私を忘れていく。私を構成する魂の量が減っているのだ。当たり前といえば当たり前の行程だ。
 私が私でいられるのはあとどのくらいだろうか。私がモレンドを護ってやれるのはあとどのくらいの時間だろうか。最近の奴は危険なことばかりに直面し、私が護る回数も増えている。世界が破滅に向かっているのだ、それを止めようと動けば当然のことなのだが…できることなら人目につかぬ場所でひっそりと暮らし、平穏の中にあってほしかった。そんなことを思ってしまうのは贅沢だろうか。
 私を守護竜とするのに力を貸した者が、今は小さな人の姿で手をかざす。「僕もやろう」「え? でも、干渉はしないって…」「もうそういう段階は過ぎてしまったよ。世界の危機だ。僕だって手を貸すさ」空に描かれる魔法陣がより巨大で神々しいものに変わっていく。私をそれをぼんやりと見上げる。

 オラディア。人とドラゴンが共存する地。
 その均衡はもはや崩れかかっているが、それでもなんとかしようと、なんとかできるはずだと、モレンドは踏ん張っている。

 私は見ている。視ている。
 魔法陣から現れた巨大な竜。竜の形をした聖なる裁きが、悪を滅する瞬間を、ぼんやりと。眩しい光が世界を貫き、音さえ掻き消すその間も、じっと、その瞬間を視ている。

 

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【 2016/01/07 (Thu) 】 お話 | TB(-) | CM(0)

ハレルヤ




 これは、昔のお話だ。遠い遠い昔の話。
 どのくらい昔の話になるかというと、もうよく分からない。
 あれだけ戦火に見舞われた大地が何事もなかったように青々と元気いっぱいに草木を生やし、吹く風には硝煙も血生臭さも魔術の気配も混じらず、ただただ清々しい。この世の終わりかというほどに荒れていたあの空が嘘のように黄金色の夕焼けに染まっている。
 オラディアには未曾有の平和が訪れた。
 ここにはもう憎しみの炎で満ちたあの目の持ち主はいない。
 クロノス。そう呼ばれていた、恐れられていたあのドラゴンは、もういない。だからこんな平和な景色がある。青々した緑の中でのんびりうたた寝するドラゴンの姿を見ることができる。のんびりとマイペースに空を飛ぶドラゴンの姿を見ることができる。
 それから、ここにはもうドラゴンしかいない。
 人という生き物はこの世界から消え去った。ギガドラゴンと呼ばれていた力あるドラゴンも、いなくなった。
 これは私から、この世界から見た視点であって、真実は逆なのかもしれない。私達ドラゴンが人とギガドラゴンから切り離されたのかもしれない。…いずれにせよここにはドラゴンしかいない。それが現実だ。
 とても平和な風がやわらかく木々の梢を揺らし、川のせせらぎをここまで運んでくる。水は透明で、花は思い思いの色で咲き、弱肉強食の自然の理が正しく機能する世界。
 当たり前のこの景色が、ずっと失われていた。失われていることが当然だった。それが戻ってきた。私には違和感ばかりある平和な世界が。

 なぜ私が平和な世界に違和感を感じるのか?
 それは、私にかつて『メロディ』という名があり、かつてメロディとして生きていた記憶があるからだ。
 私は知っている。死の痛みを。壊れていく世界の音を。絶望に歪んだ顔を。壊れていく世界をそれでも必死に繋ぎ止めようと戦った者達を。
(ああ、それなのに、お前の名前だけが思い出せない)
 メロディ。私にそう名付けた少年がいた。
 いつも泣き出すのを我慢して歯を食いしばっているような少年だった。
 血の、宿命の重さに、いつ潰れてもおかしくない細くて小さな背中をしていた。
 記憶は断片的だ。だが、それでも確かに知っている。私は人間を知っている。ギガドラゴンを知っている。名前を思い出せない君の、生きた軌跡を。私は知っている。



『君はとても不幸な役目を背負うことを決めた。だったら君のワガママの一つくらい、今ここで叶えてしまおう。あるんだろう? 願いの一つくらい』
『願い……』
『僕にできることでないと困るけどね』
『…メロディを』
『彼女を?』
『メロディを、もう一度。あいつにもう一度、生きる機会を与えてやってくれ』
『…転生を望む、ということかな。その場合、君を守護し共に生きることはできないよ』
『いいんだ、もう。メロディはもう俺を護らなくてもいいんだから。
 ……何もしてやれなかった。あまりにも。今の俺ならできることも、何もかも。あいつはもっと生きるべきだったのに、俺に付き合ったばっかりに死んでしまった。魂まで引き裂いて…』
『それは彼女の望みだったよ。ああ、いや。死にたくはなかった…か。
 ふむ、そうか。そうだね。君の心残りがそれなら、そうしよう』



 私の記憶が断片的であるのは、引き裂いて散り散りになった魂が、どこかへ行ってしまったせいなのだろう。回収できなかったのかもしれない。いくらギガドラゴンとはいえ、万能ではない。ここまで私をメロディとして完成させたことにむしろ感心するところだ。
 私はもうこうして息をすることなどないはずだった。
 緑のにおいも、川の水の冷たさも、感じないはずだった。
 この翼が風をはらむことも、二度とないはずだった。
 私は私が護ると決めた少年のため、魂の最後の一片が散り散りになるまで、そばにいるつもりだった。
(私はそれでよかったというのに)
 さく、さく、さく、と元気に茂る草原を踏みつけて、私は歩く。歌うように翼を広げて、かつてそうして護っていた少年のことを想う。
 そう、想うだけで護れた。その代わり、私の中の一つ一つは地に落ちたガラスが割れるように脆くあっけなく、パリン、と音を立てて壊れていった。
 私はそうして終わるはずだった。彼を護り、魂の最後の断片が消失し、穏やかに消えるはずだったのだ。
 …私はそれでよかったのに。


 私は再生した。メロディとして。
 けれど、ここにはメロディとして親しんだものなど一つもありはしない。
 私はふわふわとした心地でここにいる。自分が生きていることを実感もできぬまま、脳裏をかすめる、名前も思い出せない少年の泣き顔に、どうか泣かないで、と願いながら、歌い、舞う。
 私が彼にできることはもう何もない。
 彼は遠くへ行ってしまった。
 私は遠くへ来てしまった。
 もう二度と会うこともないだろう。
 それが彼が望んだ私のしあわせなのだろうか。
 私は、メロディは、死にたくはなかったかもしれない。そのときの記憶も欠けてしまっている私に分かるのは、残った記憶とそこに刻まれた自分の感情。
 メロディは死にたくはなかったかもしれない。
 しかし、こうも思う。メロディは、私は、君から離れたくなかっただけなんじゃないかと。魂を捧げたなどといえばとても大げさですごいことのように聞こえるが、死してなお一緒にいる方法がそれしかなかったから、メロディはそうしただけなんじゃないだろうか。ただそれだけの、とても単純で、明快な。
 メロディは。私は。ただ、君が好きで、好きだから、一緒にいたかっただけなんじゃないだろうか。それがどんな形であったとしても。

「ルー…る、ルー…るーぅ」

 彼が淋しそうに荒野の丘で口ずさんでいた曲。憶えている部分の方が少ない。
 もうこの歌の意味も私には分からない。
 人の言葉はもはや、ドラゴンの記憶から忘れ去られていくだけ。記録できる賢い者もこの世界には残っていない。かく言う私も、文字を書くほど賢くもない。
 いずれ私は死ぬ。生きる者として生まれたのなら当然のことだが…私が死ねば、この世界に、人間のことを憶えているドラゴンはどれほどになるのだろう。
 平和に慣れきったこの世界のドラゴンには想像も及ばない絶望があり、失望があり、諦め、歯を食いしばり、何度も倒れそうになりながら、彼は最期にクロノスを……?
 はた、と思考が止まる。
 クロノスを。…なんだったろうか。肝心な部分が消えてしまっている。
 ああ、なんだったろう。私は肝心なところばかり忘れてしまっている。彼の名前もそうだ。思い出せない。あんなに好きだったはずなのに。

「ルー…る、ルー…るーぅー」

 私は歌う。彼を想って。
 あの泣き虫は今一人きりなのだろうか、と考えたとき、細い背中の横にぼんやりと黒い背中が立っているのが見えた。吹きつけた風の強さに脳裏に浮かんだ映像まで吹き飛ばされてしまったので、二つの背中が並んでいる風景が見えたのは一瞬だった。が、私にはそれで充分だった。
 ああ、憶えている。彼を心配する不機嫌そうな顔。眉間に皺を寄せて煙草をくわえている。そう、ええと…東方の、サムライ。
 ああ、そうだ。そうだった。
 私はそばにいないし、いられないが…彼は独りではない。それが解っただけでもよかった。この止めどない思考にも意味があった。

「ルー…る、ルー…るーぅー…」

 私は歌う。メロディは歌う。彼を想って。彼のために。平和であることに違和感ばかり抱くこの世界の中で。
 この歌もやがて途切れ、彼のしあわせを願う者は、また一人と減っていく。

「ルー…る、ルー…るーぅー」

 私は歌う。
 メロディは歌う。
 違和感ばかりを抱くこの世界で、
 すでに忘れ去られたに等しい人の言葉で、
 この生涯をかけて、
 私は、歌い続けよう。
 

【 2015/12/02 (Wed) 】 お話 | TB(-) | CM(0)

エンドロールなど流させない 五篇




 かくして、騎士王の冠までいただいた一人の騎士は死んだ。
 その死は亡骸を伴わず、多くの人々は騎士王の死を嘆き悲しんだが、実感はできていないようだった。
 騎士王の死を知っているのは、騎士王に死を運んだそのドラゴンのみだった。
 ルダールガーディアンと呼ばれたそのドラゴンは、騎士王亡き後も彼が愛し護ろうとした国と人々を護った。命を懸けて、誇りを懸けて。騎士王が生きていればこうするであろうという考えのもと、オラディア全土を包む恐怖と暴力の嵐と戦った。
 しかし、世界を包んだ戦火は騎士王の愛した国にも届き、ついには街は焼き払われ、人々は逃げ惑い、バラバラとなった。
 炎に包まれ、腐臭が蔓延り、止むことのない脅威に曝される、かつては愛に溢れていた街。
 ドラゴンは悲しかったが、それ以上に悔しくて、愛していた街に留まり続けた。騎士王と共に過ごした場所を護り続けた。思い出の地を、生きた場所を、護り続けた。
 もうそこに人がいなくとも、国がなくとも、街が廃墟と化そうとも、気付かぬ間に戦争に終止符が打たれ、空が晴れようとも、その地を飛び立つことはなかった。
 分厚い雲が取り払われた青い空に、太陽の光が眩しかったことを思い出しても、ドラゴンはその地で翼をたたんで飛び立つことはなかった。
 ルダールガーディアンは、その名の通り、朽ち果てるまで、ルダールのことを護ると決めたのだ。そこに彼の肉体や魂がなくとも、もう消えかけた思い出の地であろうとも、護ると決めたのだ。
 一途で頑固なその想いを哀れと思ったのか、瓦礫しかなかった廃墟にはほんの少しの緑が芽生えるようになった。
 もう家の形など保っていないただの瓦礫の柱を背に、じっと動かないドラゴンの足元に、花が咲く。瞑想するように目を閉じているドラゴンは花になど気付かない。それを美しいと思う心もあまりない。ドラゴンにとって美しかった世界はとうの昔に死んでしまったのだ。騎士王ルダールが喪われたとき、彼によって得たその心もまた喪ったのだ。


 月日がたち、ドラゴンを中心として草木が茂るようになり、廃墟が鬱蒼とした緑に包まれる頃。
 半ば彫像のように動かずにただ息をしていたドラゴン。思い出に浸り、騎士王のことを忘れまいとするドラゴン。
 あまりに動かずにいたため、ドラゴンの身体は蔦や咲いた花に覆われていた。
 まるで生き彫像だったドラゴンが、パチリと目を開ける。珍しく。そうして億劫そうな動きで顔を上げ、すっかり森となっているかつての街に視線を投げる。
 ドラゴンは感じていた。懐かしいものを。魂の呼吸を。近づいてくるものを。
 半ば彫像として、ただ息をし、存在しているだけのドラゴン。そのドラゴンの前に茂みをかき分けてやってきたのは一人の少年だった。腰には剣。顔立ちはまだ幼いが、ドラゴンには見憶えのある金髪碧眼の色をしていた。
「やっと見つけた。随分と遠かったよ、ここは」
 少年が笑うと、彫像のように凍りついて動かなくなっていたドラゴンの心が一つ脈打つ。憶えがあったからだ。その笑い方に。
 少年がドラゴンへと手を差し伸べる。緑の葉の間からキラキラとした木漏れ日が差し込み、少年の瞳と髪を虹色に彩った。

「信じてる」

 その言葉は、かつてドラゴンを救った言葉だった。

「愛してる」

 その言葉は、ドラゴンが騎士王の最期に吐露した言葉だった。
 ドラゴンは動けない。そんな馬鹿な、という思い故に動けない。一歩も動くことをしていなかった身体のせいもあり、ドラゴンは動けないまま、そばにやってきた少年の腕に頭を抱かれた。まだ短い腕だったが、ドラゴンは思い出していた。最初にこうされたあの日の夜を。
 動きにくそうな白い甲冑。星の光が宿った色。鎧とは似合わない笑顔を浮かべたかつての騎士王が掌を差し伸べる姿。その向こうから射す月光の金色。美しかった世界。
 やがて訪れた朝に、騎士王は言った。そして、目の前の少年もまた、あのときと同じ満面の笑みを浮かべて言うのだ。

「行こう」

 ……その言葉。この奇跡を。ドラゴンはずっと待っていた。かつて彼が暮らした地に留まり続け、思い出に浸りながら、可能性の低い奇跡をずっとずっと願っていた。
 あまりに動いていなかったせいで身体に蔓延っている蔦を引きちぎり、少年の頭に頬をこすりつけて、ドラゴンは鳴いた。泣いた。もう喋り方など忘れてしまっていたが、それでも問題なかった。
 少年は少し困った顔でドラゴンの頭を撫でている。そう、彼はドラゴンのことを理解していた。物心つき、魂の記憶を思い出したそのときから。ずっとずっと前から。
 一人と一匹が並んで歩いて行く。かつての思い出の地、現在の廃墟の森を後にして、青い空の下へと歩いて行く。


 森が途切れたところでドラゴンは大きく翼を広げた。風の掴み方を忘れている。少年はリハビリに励むドラゴンに楽しそうに跨って、もういいから行こうと空を指す。軋む翼が不安だったが、ドラゴンは言われるままに地を蹴った。長く留まっていた地をついに離れた。不安定ではあるがなんとか飛んでいるドラゴンに、背にいる少年は笑っている。
「ずっと待ってたんだな。ありがとう」
 そう言って頭を撫でる少年に、ドラゴンは黙っている。だが、どことなく嬉しそうなのは尾の揺れ方が示している。
 ルダールガーディアン。そう呼ばれたドラゴンの心はまだ息を吹き返したばかりだが、その口元は歪むような形で不器用に笑っていた。
 ドラゴンがかつての自分やその心、言葉を思い出す日は、きっと近いだろう…。



【 2015/10/02 (Fri) 】 お話 | TB(-) | CM(0)

エンドロールなど流させない 四篇





 落ちるとき、堕ちるときというのは何にでもある。そしてその『時』というのは一瞬だ。長く培ってきたものも、永遠に続くと思っていたものも、一瞬ですべてを失う。そういう『時』は何にでもある。人の命にも、国の崩壊にも同様に。
 サークス人と奴らに操られるがままのドラゴンの軍勢により、世界のあちこちは破綻、あるいは崩壊を始めていた。
 そこにあった国や、命の在り方。それだけじゃない。戦争は心の在り様さえ変えていく。
 長すぎる戦は心を荒ませる。それが護るための尊い戦いであったとしても。
 …殉職する兵士の数が日ごとに増えていく。
 本来ならきちんと家族や親族と離別する時間を作ってやりたいのだが、その時間や手間を取ってやれないのが騎士団の現状だ。
 サークス人による死者のアンデッド化を防ぐため、どんな功労を残した兵士も戦場で灰になってもらい、遺灰と、本人だと分かる身につけていたものの一部を持ち帰る。
 …人々の顔から笑みというものが消えていく。
 確かに護っているものにも変化は訪れる。なぜか? それが生きる者であり、心ある者の在り方だからだ。
 ルダール様、と縋る手が重くなっていく。
 俺は俺にできることをしているつもりでいるが、それでも圧倒的に『足りない』のだろう。人々の中にある『騎士王ルダール』はこんなものじゃない…。それが思い込みや理想に縋る妄想からきている姿だとしても、今の俺の姿は民衆が望んだそれとは異なっているのだ。
 理想と現実は違う。限りなく近くすることはできても、完全に一致することはない。それが生き物の想像と現実の創造の限界だ。

「どうした」
「はい。丘の廃墟周辺に潜伏している兵士からの情報なのですが…こちらを」
「……これは…」
「念のためこちらの兵士を向かわせて確認を、と考えています。そこで団長のドラゴンの力をお借りできればと思うのですが、いかがでしょうか」
「そうだな。俺から話しておこう」
「よろしくお願いいたします。
 しかし、この書簡に記されていることが事実とすれば、状況は芳しくないようですね…」
「…そのようだ」

 サークス人達が潜伏していると思われる拠点の一つに丘の廃墟がある。届いた一枚の紙片はその廃墟を見張っている兵からのもので、紙片には破り取られた地図の断片が貼り付けてあった。
 どうやらその丘の廃墟からサークス人達が地図に印のある辺りに向かい、何かをしているらしい。それも夜な夜な毎日と紙片には記されている。不気味な呪文のようなものも風に乗って微かに耳に届くのだとか。
 書簡を持ってきた兵には下がるように言い、俺はろうそくの火を見つめた。頼りない光源に書簡の文字は薄ぼんやりとした影を躍らせている。
(………こちらに何か大規模な攻撃を仕掛けるために準備をしている、と考えるのが筋だろうな)
 結局、いくら前向きに考えたところで結論は一つだった。
 今までの攻撃の仕方ではこの国を落とすのには時間がかかると踏んだか。
 騎士団の疲労は増し、兵の数は日増しに減り続けているが、それでも奴らには手ぬるいのだ。この国を、人々を、ドラゴンを、すべてを葬るまでその攻撃は止まないだろう。
「…ルダール」
 俺がそう口にするときは、ドラゴンであるあいつのことを呼ぶときと決まっている。
 屋根の上にでもいたのだろう、ばさり、と翼を翻す音のあとに重たい着地音、そして長い爪が地面を掻く音が続く。
 のそりとした動きで戸口から部屋の中に顔を突っ込んだルダールはそこで止まった。何かあったときに身動きが取りづらいという理由で建物の中には入らず、顔だけ突っ込む形でこっちを見ている。その眼光は出会った頃と同じくらい鋭いかもしれない。何年か前ならやわらかかったはずの眼差しは、戦争によって失われてしまった。
 俺も、今はあんな目をしているのだろうか。
 いや、俺はもともと、どんな目で物事を見ていただろうか。どんな眼差しで。どんな感情を乗せて。
「聞こえてたんだろ」
『…ドラゴンは耳も目も良いからな』
 ぼそっとした声にそうだろうなとぼやいて返す。そして、しばらくの間があった。
 今日も夜は静かだ。窓の外に大きく漏れるような光源はなく、話し声もしない。
 人家の明かりは敵に居場所を知らせるものになってしまうため、街の人間は最低限の光源で生活するようにしている。だから夜は暗い。
 ルダールから話をする気はないようなので、俺が先に口を開いた。明るい話題でもない分、できればしたくはない会話だが、必要なものだ。仕方がない。
「大規模な攻撃を仕掛けるための前準備だろうな。サークス人は怪しげな術をいくつも使う」
『毎夜準備をしているとなれば、相当なものだろう』
「ああ。なんとしても阻止しなければ」
 …そう、できるだけ早い対処が望ましい。そして、兵士の数よりも、その実力。相手がサークス人であることを考えると、実力がある兵の速やかな一撃による各個撃破が理想だ。そして、それを満たせる兵士というのは限られている。即ち、俺だ。
 俺とルダール。一人と一匹が地図に印のあるこの場所に乗り込み、奇襲攻撃を仕掛け、サークス人が展開している大規模な攻撃を阻止する。
「俺とお前で行くしかないだろう」
 ぼやくようにこぼす俺に、ルダールは低い声で唸った。眉間に皺を刻んでのその唸り方は承伏しかねるってときの少し不機嫌な返事の仕方だ。
 だが、現状それが一番の手であることをルダールは理解していた。だから俺が再び兵士を呼んで話をしているとき、何も言わなかった。それが犠牲がもっとも少なく、奇襲作戦の成功率が高い現実的な方法であると解っていたからだ。



 次の日の夜、暗闇に紛れて、俺達は街を離れた。
 灯りは持てない。俺はルダールの目を信じてその背で揺られるだけだ。
 騎士団の副団長には俺が行くということで話は伝えてある。あとは俺とルダールが速やかに任務を遂行、帰還。多くの者は俺とルダールが動いたことなど知らないまま朝を迎える。それでいい。騎士とは民を護るものだし、団長である以上部下にいらぬ苦労や心配をかけたくもないものだ。
「なぁ、ルダール」
 俺がそう呼ぶときは、名もなきドラゴンだったパートナーを呼ぶときと決まっている。『なんだ』という低い唸り声はまだ若干不機嫌さを感じる。その不機嫌をさらに助長してしまうんだろうなぁ、と思いつつも、俺はこう口にしている。
「人間を、嫌いにならないでやってくれ」
『……なぜ今それを言う』
「なんとなくだよ。いや…俺だって人だからな。間違いなくお前よりは早く寿命を迎えるだろうし、その意味でも、言えるうちに言いたいことを伝えてるだけだよ」
『…………』
 明らかにむっすりとした空気で俺の話を拒否しているルダールにこっそりと苦笑する。いい返事は返ってこない。だが、話は聞いてくれている。是の返答がなくても俺にはそれで充分だ。
 そう、充分だとも。





§   §   §   §   §






 サークス人が潜伏していると思わしき丘の廃墟を張り込んでいた兵士と一度合流し、ルダールが話をしている間、私はじっと夜の気配に神経を尖らせていた。
 暗闇を見通すこの両眼も、些細な物音さえ拾うことのできるこの聴覚も、今はなぜだか疎ましい。持って生まれたものに能力が備わっているというのはある種不便だ。背負わなくていいものを背負わされる理由になる。
 今回の作戦は必要だ。放置しておけばルダールが死守してきたあの国が滅びる原因となるかもしれない。それに、どのみちサークス人は生かしてはおけない。どの角度から見てもこの措置は必要なのだ。そう頭では理解している。だが、私の中の何かがこの作戦の危険性を訴えている。一体何が。そう考えるものの、問いは自分の中を堂々巡りするだけであり、自問の声に自答はない。
 ルダールが兵の肩を叩いてこちらに戻ってくる。ルダールのことを敬礼して見送る兵士の微妙な表情が、私の中の問いの声を大きくさせる。
 だが、時間は止まらない。どんなに暗い夜にも朝は訪れる。立ち止まって呆けている時間はない。
 暗闇に紛れて迅速に行動すること。いくらサークス人といえどもドラゴンの如き夜目などは持ち合わせていまい。明け方や昼間、日中に活動することを考えれば、影や暗闇に混じれる夜の行動が望ましい。
 まずは空の偵察がいないかを私の両眼でじっくりと観察する。空の分厚い雲に紛れた影は認められない。
 なるべくゆっくり、羽音一つ立てぬよう、慎重に。この移動だけは迅速を捨て、敵に見つからぬことを第一に行動する。
 私の背に跨っているルダールは静かだ。失敗は許されない作戦の前であろうと息一つ乱さない。
 しかし、ルダールはふと気付いた様子で私の後頭部を撫でた。ざらりとした手袋の感触が空気の澱みと風の冷たさに紛れて消えていく。
「信じてる」
 それは、いつかの言葉だ。私という存在に不意打ちを与えた言葉。
「愛してる」
 あのとき世界は美しかった。私は美しい世界に連れ出された。そして世界の尊さを知った。それを護りたいと思う心を得た。
 しかし、ルダールの浮かべる笑顔にはあの頃よりも影があり、疲れが見え、苦労の色が隠せないようになっていた。
「人間を、嫌いにならないでやってくれ」
 私の頭を撫でながら奴は言い聞かせるようにそんなことを言う。
 私の中でまた一つ、声にならぬ疑問が膨らんでいく…。
 それでも作戦に忠実に従う。それがルダールのためであり、ルダールが護る国のためであるから。
 丘の廃墟群の向こう、不自然に地面に穿たれた大きな穴に、ローブを纏った人の姿がぼんやりと認められる。杖を手に耳に残る詠唱をブツブツと唱え続ける者、何かの薬剤同士を混ぜ合わせて何かを作っている者、怪しげに蠢く何かの前で話し込む者…。まさかこちらから奇襲を受けるなど予期してもいなかったのだろう、警戒の色はない。
 私はゆっくりと飛ぶ。焦りを殺し、怒りを殺し、私の中で燻る疑問も、今は殺す。
 そうして、私が穴の淵にルダールをそっと下ろし、自分はルダールと向かい合う形になる反対側の淵へゆっくりと移動する。
 ルダールから私がどの程度見えているのかは謎だが、私には奴の表情の細部まで見て取れる。
 行こう、と動く唇に、私は唸り声で応えた。これみよがしな警戒の声を上げて唸ったのだから、穴の中で何やら作業しているサークス人の意識が私に向くのは当然のことだ。その瞬間を逃さず穴の中へ飛び降り剣を抜き放ち一人目の首を刎ね飛ばしているルダールは慣れている。無駄も迷いもない動作でフードを被った人間の首を二人三人と刎ね続ける。私はできる限り派手に動き回り、敵の意識と攻撃を引き受け、回避する。薬剤の何に引火するか分かったものじゃないから炎は威嚇程度にしか吐かないが、たまには攻撃もする。そうしてこの奇襲が私だけではなくルダールもいると気付いたとき、敵の数はもう半数を切っている。
 ああ、何も問題はなかった。いつものように、ルダールと私で事足りることだったのだ。私は何を燻らせていたのだろうか。
 私が爪で引き裂いた奴が人間の形をほぼなくしながら肉塊として崩れ落ち、背後から詠唱の魔法攻撃で私を狙っていた奴は尾を振り抜いて打ちつけ、壁に激突させてやった。オーセラ人のように身体が丈夫ではないサークス人には間違いなく致命傷だろう。
 最後の一人、私とルダールに挟まれて逃げることもできずじりじりと後退っていたサークス人は、狂った人種らしく、追い詰められたこの場面で高らかに笑った。私はその笑い声に顔を顰め、ルダールが無言で剣を構える。
 サークス人の頭が刎ね飛ばされ、フードを被った頭が宙を舞う。一瞬見えたその表情は狂喜に歪み、正気の色など見えない。
 ごっ、と重い音を立てて最後の一人の頭が地面を転がっていく。
(さあ、これで終わった。さっさと帰ろう。私は水浴びをして血を落としたいし、それはお前も同じだろう)
 ルダールが肩の力を抜いて剣先を下げ、刃を鞘におさめた。細く長く息を吐いたルダールに声をかけようとした私の耳に、地鳴りが先に届いた。ビシ、と音を立てて地面に亀裂が入る。私は翼のある生物としてその事態に反射的に羽ばたいていたが、ルダールには翼などない。奴は突然崩れ落ちた地面もろとも穴の中に空いたさらなる穴の中へ呑み込まれていった。
『ルダール!』
 私は吠えるようにルダールを呼んで、穴の中に飛び込んだ。
 しかし、何も焦ることなどなかった。穴はそれほど深くはなく、ルダールは瓦礫に片足を取られていたが、重傷ということもないようだ。痛みに顔を顰めてはいるが、顔色は悪くはない。
 私が岩に尾を叩きつけて退かすと、ルダールは顔を顰めながら岩の下敷きになった足に触れて「きれいに折れたな」とぼやく。そして自分で今できる処置を始めた。残念ながら私は治癒術が使えない。力ばかりあり余るが、それはこの場面では役に立たない。
 私はルダールの怪我が重くはないことに内心胸を撫で下ろしながら、改めて、突然の地面の崩落と、崩落によって落ちた穴の存在を思い出す。
 首を巡らせ、改めて辺りを見回してみる。灯りなどはなく、私でもよくよく目を凝らさなければ影と夜の濃さに景色を見失いそうだ。
 穴の壁際には何かが置かれていた。水晶…のようにも見える。明らかに不自然だ。『ルダール』私は唸るように奴の名を呼ぶ。なんとかいい具合いに足を固定したらしいルダールがひょこっとした動きで立ち上がりかけている。「どうした」『戻ろう。乗れ』「待て。ここを調査していった方がいい。情報が得られるかもしれない」それは最もな意見だった。だから私は一瞬反論できなかった。強く出ることができなかった。ルダールのマントをくわえて無理矢理にでも飛び立つという選択肢を取れなかった。
 そして、それは起こった。
 強い光。強く黒い光。オーラ、とも言うのかもしれない。
 穴のあちこちにある水晶から突然黒い光が上がる。私はやはり反射的に、翼ある者として、飛び立つことでそれを回避していた。
 だが、ルダールの背に翼はない。しかも奴は今片足を負傷している。地面がしっかりしているとはいえ、跳んで私に掴まるということは今の奴にはできなかった。
 一瞬の黒い閃光。一瞬のその光が水晶から波打つようにして地面に黒い魔方陣を描き出す。それは半分瓦礫に埋まっていたが役目を果たした。
 ルダールを中央に捕らえ、その魔法は、発動した。


 …例えるとするなら。星がすべて落ちてしまった、光一つない、夜空とも言いがたい闇、だろうか。
 その魔方陣はルダールを己の器として捕らえ、ルダールの身体に乗り移り、奴の肌を黒い紋章で染め上げた。
 それが良いものであるはずがない。奇跡など望めるはずもない。
 サークス人がひっそりと活動していた拠点にあった、黒い魔方陣。人体を犯す禁忌の魔法。それは騎士王ルダールを犯し、奴を己の器にしようと、奴のすべてを破壊し始めた。
 人格。記憶。思い出。表情。癖。声。奴のすべてを壊し、自分の思うように作り変え、器にしようと、黒い魔法は容赦なく牙を剥く。


 魔法を剣でどうにかできると思ったわけではなかろうが、長年の反射によるものだろう。抜き放たれていた剣はルダールの手から滑り落ち、ガラン、と音を立てた。
 私は呆然とルダールを見ていた。黒く染まっていく奴の肌を、苦痛に、いや、憎悪に歪んでいくその顔を、見ていることしかできなかった。
『ルダール』
 声をかけてみたものの、私の声は絶望に満ち、震えていた。
 私の知っているルダールが消えていく。碧眼の瞳からは光がなくなり、唇は引きつり、笑おうとするのに、怒ろうともしている。
 ……もうどうすることもできないと、私の中の冷静な部分が告げている。
 たとえこの場にギガドラゴンがいたとしても、きっとどうにもできなかったろう。これはそういう類のものだ。
 唇を引きつらせ、皮膚のあちこちを痙攣させながら、ルダールの口がどうにか私を呼んだ。反射的に地に下りそうになるが、寸前で思い止まって空中に戻る。
 あの魔法がこれきりという保障などどこにもない。私は私を呼ぶルダールのそばへ行くことも叶わない。
 だが、ルダールは笑った。諦めている顔だった。しかし、それでいい、と肯定している顔だった。
「これが、くろのすの、きもち、か。なるほど。しにたくなるわけだ」
『ルダール』
「ざんねんだ。るだーる、ほんとうに。ほんとうだよ。おまえにつたえたすべては…」
 ルダールがブルブルとおかしなぐあいに震える左手を右手で押さえつけた。「じかん、が、ないな。わかってるだろうが…おれはもう、だめだろう。すぐにじぶんをなくす」ぐっと奥歯を噛み合わせる私にルダールは唇を引きつらせて笑う。憎悪に歪んだ目にはまだ優しさが欠片ほど残っている。それが残っているルダールだ。身体の支配権は魔法に喰われ始めている。
 ルダールが私を見上げている。黒い紋様の浮かんだ肌で、支配されそうになっている身体と意識で、それでも私を見上げて、笑うことを選ぶ。
「おれを、ころしてくれ」
『…できない』
「やつらが、したかったのは、おれを、しはいして、くににもどらせ、ないぶから、はかい、することだ。もどれない。もどれないんだよ、るだーる」
『できない』
「るだーる」
 信じているよ、と声がする。愛しているよ、と声がする。
 俺に愛する国や人々を殺させないでくれ、と言う声がする。
 知っている。よく知っている。だが、お前はこれを知らないだろう。私の気持ちを。ドラゴンであるが故に鍵をかけて隠し、アノヤーテンまで持っていくはずだった私の気持ちを、お前は。
『私に、愛するお前を手にかけろというのか!』
 こんな形で伝えたかった想いではなかったというのに。
 それはほとんど叫び声に近かった。悲鳴に近かった。私の心はギシギシと軋んで悲鳴を上げていた。
 奴は一瞬だけいつもの奴に戻った。それだけ奴の心が動いたということなのかもしれない。一瞬だけきょとんとした顔を見せ…やはり、笑う。少しだけ照れくさそうな顔だった。すまない、と動いた唇の形を最後に、ルダールから、ルダールが消えた。
 それまでの表情の歪みが消え、身体の痙攣が消え、奴の肌を支配していた黒い紋様はすうっと肌に溶け込むようにして消えた。ルダールという人間が完全に支配されてしまった瞬間だった。
 ルダールの手が滑るように滑らかな動きで地面に落ちていた剣を拾うのが私の視界に映っている。
 しかし、私はその現実を信じたくない。拒否したくてたまらない。目を背けたくて仕方ない。
 だが、現実は容赦なく、ルダールはその剣を投擲するように私に向かって放った。遅れた動作で私がそれを避ける。翼の皮膜が少し切れる感触がした。ルダールは無表情に腰の短刀を抜いている。それも、私に向かって放つためだ。
(…騎士王は死んだのだ)
 私はようやくその事実を認め、静かに涙を流した。
 ルダールは。いや、ルダールだった者は、私の喉元を狙って短刀を投げつけている。私は先ほどより素早くその攻撃を避け、そして、大きく息を吸い込んだ。
 胸が熱くなる。炎を吐く前の身体的反応ではない。
 すでに視界は涙で歪んでいるが、私のすべきことは、決まっていた。
 私は全身全霊の力を込めて炎を吐いた。灼熱を吐いた。人間を塵にする炎を吐いた。ルダールの亡骸が骨一つとして残らぬように。間違っても骨が独りでに立ち上がり、動くことなどないように。
 私は焼いた。愛する者を焼き殺した。意識の死んだルダールの肉体を、この世から焼き払った。
 私はギガドラゴンではない。ギガドラゴンほどの力はない。私の炎に魂を浄化するような力があるかは分からない。
 だが、今はそれを祈らずにはいられない。
 私は焼け焦げた地面と瓦礫、未だ燻る炎の赤と橙を眺めていた。そこにルダールという人間がいたという証は何一つ残らなかった。
 何一つ、残らなかった。…残せなかった。
 私は分厚い雲に覆われた空を見上げ、吠えて、泣いた。鳴いた。ないた。



【 2015/09/27 (Sun) 】 お話 | TB(-) | CM(0)

エンドロールなど流させない 三篇




 暗雲が垂れ込める、と表現する空があるとしたら、今まさに見上げているこの空のことではないだろうか。
 呼吸する空気が重い。そのせいで雲も重たく、空の高さというものが感じられない。鉛色の重い雲は途切れることなく青いはずの空を覆い、まるで世界の半分に蓋をされてしまったかのように感じる。それは私に翼があって空を飛べるが故に感じてしまう圧迫感だといえる。
 しかし、こんな空がもうずっと続いている。さすがの私でさえうんざりするというものだ。
 なんでも、この分厚い雲は自然発生したものではないのだという。それもこれも『サークス人』が関与している。
 それと、あのドラゴン。禍々しい、とも表現できる力を持つ、かつてはモンティカから託された力を正しく使っていたドラゴン。しかし、今は憎しみに満ち、その力を己の欲望の成就にのみ用いている、この世界に呪詛を吐き続けるドラゴン。
 私は奴がモンティカに信頼されたブラックドラゴンであった頃の姿を知らない。私が知るクロノスというドラゴンは、すでに堕ちたブラックドラゴンだ。奴が何を経験し、何を思い、世界を呪うようになったのか…それは分からない。
 ただ、多くのドラゴンの犠牲を出し封じられたはずのクロノスが復活したという噂は私も聞いていた。しかし、噂は噂であり、ドラゴンの一員とはいえ、私にはどこか遠い話でもあった。クロノスに関わるほど悪の道にも正の道にもいない孤独な生き方をしていたためだ。
 それを今こんなにも身近に感じている。

 クロノスがもたらす世界への憎しみ。
 その力に魅せられ、侵され、悪の道へと堕ちたサークス人。サークス人により堕ちたドラゴン。
 それらが今世界を蹂躙しようとしている。

 私の頭上には重く暗い色をした空があり、踏みしめる大地は荒野であり、草木の姿がない。この間この辺りを訪れたときには空は青く草木も生い茂っていた。川も澄んだ飲める水だった。それが今は濁りきって、とてもじゃないが口にできるものではなくなっている。そして、吸う空気の異常な重さ。呼吸に息苦しさ、不快感を伴う、と言ってもいい。
「…酷いな」
 ぼそっとした声に私は浅く顎を引くようにして頷いた。
 ルダールは私の横で倒れている人間の生死を確認していたが、私にはすでに分かっていた。呼吸はしていない。死んでいる。死因までは分からないが、この辺りにバタバタと倒れている人間から息遣いは感じない。
『ルダール。生きている人間はいないぞ』
「そうみたいだな…」
 ルダールは軽く溜息を吐くように吐息し、待機している騎士団に死体を一カ所に集めるよう指示した。そうしてどうするか? 私が火葬するのだ。死人がアンデッド化してしまわないように。二次被害を未然に防ぐために、見かけた死体はドラゴンでも人間でもできる限り火葬している。
 おかげで私は最近喉がカラカラと渇くのだが、それは内緒にしている。なぜか? まぁ、これ以上奴に余計な気負いはしてほしくないから…だろうな。


 私はルダールに頼まれてドラゴンの聖地アノヤーテンを訪れ、ギガドラゴンに現在の事情を聞いた。それで私に何かができるというわけではないが、現状の確認は重要だとルダールが言うので、仕方なく、だ。
 私は私にできることなら何でもしてやりたかった。それで少しでもルダールの気が休まるならそうしてやりたかった。
 ルダールの国は王という柱を失い傾き始めている。その分ルダールにかかる期待や重圧は依然よりずっと大きい。奴もさすがに疲れているのだろう、最近は眉間に皺を寄せて難しい顔で溜息を吐くこともある。私はそんな奴の力になってやりたかった。
 そのためなら気後れするアノヤーテンにも顔を出すことくらいする。
 あの場所は、なんというか、苦手だ。私には程遠い場所だ。死後は世話になるのかもしれないが、生きているうちに聖地を出入りするというのも、なんとも複雑な気持ちになる。
 アノヤーテンはどんなドラゴンでも受け入れる姿勢でいる。だが、そこにいるのは血統と力のあるギガドラゴンばかりであり、私のようなものが出入りするのはやはり憚られるものだ。
 …アノヤーテンで聞いた話は、なかなかに重いものだった。
 サークス人がクロノスと結託したこと。錬金術や呪術といった怪しげな術とクロノスの力で世界中のドラゴンが次々と犠牲になっていること。それに対抗するため、慧眼のイサイアと呼ばれるドラゴンがオーセラ人に協力を要請し、サークス人が率いる堕ちたドラゴンの軍団と戦っていること。そのぶつかり合いは未だ各地で続いていて、戦火の火はいずれ我々のもとにも届くだろう、ということ。
 私はこれ以上ルダールに重荷を背負ってほしくはなかった。
 だが、世界の流れは、奴を休ませることなど許さなかった。 
 国が縋る。奴に縋る。王という柱をなくし、暗雲垂れ込める空に不安を募らせ、奴に縋る。どうか護ってくれと。助けてくれと。
 騎士王ルダールは、その重圧から逃げない。逃げることなどできはしない。奴が逃げたらすべてが瓦解するだろう。すべてのものがバラバラになって逃げ出すだろう。騎士団はルダールがいるから騎士団としてかろうじて機能しているのだ。皆疲れている。ルダールが折れてしまったら、皆折れてしまう。
 奴はどんな気持ちで大丈夫だと笑ってみせるのだろうか。
 その肩にのしかかる荷物は重くなるばかりで、そのうちお前はその重さに耐えられず、膝をついてしまうのではないだろうか。


「団長! 前方上空にドラゴンを目視!」
 私が死体を焼き払っていると、双眼鏡を覗き込んで周囲を警戒していた騎士団の兵士の一人が鋭い声を上げた。一瞬で辺りに緊張が走るが、ルダールは冷静だった。「数は」「は、空に一頭です。首が二つ…ツインヘッドドラゴンかと思われます」「他に特徴は?」「…片方の首が折れています。恐らくすでに堕ちたドラゴンかと」ボッ、と炎の塊を吐き出して私は口を閉じた。暗雲の空を睨み上げ、兵士が双眼鏡で覗き込んでいる辺りを睨みつける。
 ……ああ、確かにいる。頭が二つ。首が片方不自然な方向に折れ曲がっている。色が黒いから雲に紛れて見つけづらい。
『落とすか』
 私がぼやくように言うと、ルダールは「頼めるか」と言って剣の柄に指を滑らせた。「恐らく斥候だ。片付けたらすぐに戻ってくれ」『承知』重い空気を掴み、ばさっ、と翼を広げて飛び上がる。
 生き物の焼ける臭いですっかり鼻が麻痺して、死臭にも気付けない。見える範囲に屍となったドラゴンがいるというのに気配を逃す。ああ、嫌な世の中になったものだ。

 あの輝かしい世界はどこへいってしまったのだろうか。
 騎士団に守られ平和に幸せに暮らし、笑う人々。国のために規律を守りルダールに従う騎士団と、誇らしげに風に揺れる騎士団の紋章の入った旗。民のためを思い政策を打ち出す王の気さくな笑顔。多くの者を慈しみ、護り、剣を手に取る、光の道を行くルダール。ルダールに護られ、魅せられ、その生き方を目指す者。
 これ以上ないほどに眩しかったあの世界が、今はもうどこにも見当たらない。
 あんなに美しい生き方だったのに、なぜ失われてしまったのか。なぜこうなってしまったのか。
 私がそれとなく吐露したとき、ルダールはこんなことを言ったものだ。


『不幸が許せなかったんだよ』
『何?』
『自分達だけ不幸なのが、許せなかったんだ。幸せになりたかったんだよ。そのクロノスってドラゴンも、たぶん、サークス人も』
『…幸せなどと。そんなもののために世界を陥れると? 愚かな』
『真理だと思うけどな、俺は。
 誰だって悲しい気持ちのまま生きていたくはないものさ。誰だって笑って前を向いて生きていたい。でもそれが叶わない。それなのにどこかで誰かが自分の理想を体現して笑っている、それが許せない。だから、世界を堕とそう…みんなが不幸になれば、自分の悲しさが当たり前になって、少しは楽になれるとでも考えたのかな』
『…………だが、そのやり方は間違っている』
『ああ、そうだ。どうしようもなく間違っている。賛同することはできない…だから、戦わないといけないんだ』



(だが、ルダール。もしクロノスの根底にそんな感情があったとして…そうだとして、それなら、この戦いの行きつく先は一体何になるのだ。どこになるのだ)
 半分屍として腐ってきているドラゴンを落とすのは難しいことではない。動きは鈍いし、生きているときの半分ほどのことしかできないとみていい。
 折れている首に灼熱を吐きかけ、まだ繋がっている首を爪で切り裂き、翼を片方喰いちぎって地へと落とした。まずい血の味のする口内はすぐに炎を吐き出すことで殺菌した。
(ルダールのもとへ戻らなければ)
 荒野の中を不自然な足取りでこちらに向かっている群れがある。種族もバラけてまとまりがないドラゴンが多数に、フードを被った人間の形…。サークス人と支配されたドラゴン達だろう。これで何度目だろうか。
 かろうじて機能しているあの国を落とそうとこうしてやってくる。ルダール率いる騎士団は国を守るため、襲い来る敵と戦い続けている。終わらない戦いに、騎士団の疲労は大きくなる一方だ。
 ばさり、と翼を翻してルダールのもとへ戻る。相変わらず空気が重く、息をするのにも眉間に皺が寄る。
 今からこの荒野は戦場になる。騎士団の誰もが予感している。だから表情は硬い。
 だが、私が戻るとルダールだけは笑顔を浮かべて私の頭を軽く叩いてから撫でてくる。
 私を労わるその手は、今日も剣を手に、命を刈り取る。譲れないもののため、それらを護るために、その手を汚す。
 俺は血に浸かっているんだよ。そう言って寂しそうに笑った奴を一度だけ見た。その日はちょうどこんなふうに天気の悪い夜の空の下で、辺りは真っ暗で、私はそのまま奴がどこかに沈んでしまうような気がして、マントの端を軽く噛んで引っぱったものだ。
 たとえそうだとしても、その生き方をお前は続けた。自分のためではなく誰かのために立ち続けた。その生き方は間違いなく美しい。
 そう吐き出した私に、奴は珍しくきょとんと不思議そうな気の抜けた顔で私を見て、それから本当の顔で笑った。飾らない素の笑顔で笑った。
 私は、その顔を見て、この命が燃え尽きるまでルダールについていこうと誓った。
 だから私は折れない。絶対に折れない。たとえルダールが膝をついたとしてもその背を守り抜く。
 私が尽きるとき。それは、ルダールの命が尽きるときだ。


【 2015/09/17 (Thu) 】 お話 | TB(-) | CM(0)
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モレンド

Author:モレンド
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