生まれたときに持つ性質というか、性格というか、能力というかは、そう簡単には変わらない。努力である程度カバーはできても、もともと馬鹿な奴が賢くなるのには限界があって、もとから賢い奴がさらに賢くなって、ボクの隣に並んだとしたら、やっぱりもとから賢い奴の方がボクより上なのだ。
そんなわけで、ボクは絶賛落ち込んでいた。前脚の爪でガリガリと地面を引っかく。
辺りは平和だ。適度に緑があって、水浴びもできる湖があって、大きな岩がいくつか突き出していて、日向ぼっこに最適の場所を作っている。大きな木もある。人の建物は近くにはない。あるのは作られた楽園だ。
ここはオアシスと呼ばれる、ドラゴンが預けられる場所。一時戦いのことを忘れ、心身ともに休めるための場所、と説明された。
でも、ボクは疲れていない。むしろゆっくりしすぎで身体がなまっているくらいだ。それなのにオアシスにいる。
前脚で所在なく地面を引っかいて、なんとなく顔を俯けて、ガリガリ、ガリガリ。
ボクの主人はオリウスという女の人だ。
オリウスはアースドラゴンという最近発見された新種であるボクをぜひ仲間にしたいと思っていた、らしい。理由は、見た目がカッコイイから。
うん、確かに、自分で言うのもあれだけど、ボクはなかなかカッコイイと思う。大きな翼に大きな角もあって、4足歩行で、走るスピードも飛ぶスピードもそれなりに速い。ちょっと色が地味なのはご愛嬌。
オリウスがカッコイイと望んで仲間になったボクが、どうして今オアシスにいるのか? そう、問題はそこだ。
ボクは見た目のカッコよさに反して弱いらしい。これが最初に言った生来のというところに繋がる。
当然、一緒に戦うドラゴンとして連れて行くなら、強いドラゴンの方がいいに決まっている。たとえば多少見た目がカッコ悪くても能力が強いドラゴンと、見掛け倒しで弱いドラゴン。君はどっちを連れて行く?
オリウスはボクを主力メンバーに入れてくれなかった。ボクの弱さ故に。最近はちょくちょくオアシスにいるドラゴンのみんなの様子を見にやって来るぐらい。
アースドラゴンって新種で目新しかったはずのボクも、すっかり『オアシスにいるドラゴンのうちの一匹』になってしまった。
最初に言ったけど、ボクはそんなに強くないし、賢くもないし、努力には限界がある。
他のドラゴンよりたくさん努力してもできないこともある。
そのことを思うとやっぱり残念になるわけで、こうして無意味に地面をガリガリすることになるわけで…。
でも! そんな能力冴えなくてさらにじめっとしたドラゴンなんて、オリウスが振り向いてくれるわけもない! せめて馬鹿は馬鹿らしくへらへらしていなくては! いやいや、ボクは見た目がカッコイイドラゴンなんだから、あまりにへらへらしていてもいけない。
とにかく、カッコイイイメージを崩さない程度に、ボクは馬鹿をやってみることにした。
そのいち。オリウスがドラゴンの様子を見にオアシスにやって来たので、ボクは彼女の周囲を走り回って『ボク速いよ! 走るの速いよ!』とアピール。空も地上も同じくらいのスピードで走れるんだよ! 水の中はちょっと無理だけど、これは良い点でしょ! ねぇ! ねぇ!
全身全霊でアピールしたところ、オリウスは走り回るボクに一言。
「レーヴェ、元気なのはいいですけど、ちょっと退いててくださいね」
にこっと笑顔で言われてしまった。
うう…。元気すぎて鬱陶しいと思われてしまったらしい。ボクのアピールは失敗だ…。
そのに。オリウスが新しくオアシス入りする子を連れてきたので、今度は彼女の周囲を飛んでアピールしてみた。『ボク速いよ! ほら、飛んでる姿もカッコイイでしょ? 移動用にどう? ねぇねぇどう?』バッサバッサ飛び回るボクを眩しそうに手をかざして見上げたオリウスが一言。
「レーヴェ、寝てる子がたくさんいますから、大人しくしましょうか」
言われてみれば、今はお昼寝タイムだった。日向ぼっこに最適の岩場に陣取っているドラゴンからちらほら視線を感じる。ボクの羽音がうるさかったようだ…。
しょんぼりして地面に下り立つ。これも、失敗だ…。
そのさん。
こうなればもう、家出しかない。
ちょっと不良入っちゃったドラゴンを、オリウスならきっと捜してくれるはずだ。
頭のよくないボクはオアシスから脱走することにした。止めるドラゴンはいなかった。みんなのびのび自分の過ごしたいように過ごしている。新参者のボクはとくに仲がいいドラゴンがいるわけでもないので、すんなりとオアシスの柵を飛び越えた。翼のあるドラゴンには柵なんて無意味だ。ニンブルタイプだって飛び越えてしまいそうな、気持ちだけの低い柵を飛び越え、ボクは外をうろついた。と言っても行くところなんてないので、自然と探すのはオリウスのいる場所になる。
ドラゴンは嗅覚が鋭いので、自分の主のにおいくらいは分かる。
ちょっと山を飛び越え川を渡って人の町をいくつか通り過ぎ、ようやく見つけたオリウスは、同じ人間と楽しそうに狩りをしていた。ただし、男だ。…なんだか楽しそうだ。ボクが知っているオリウスよりもちょっと明るくて、うーん、うまくいえないけど…楽しそう。
こっそり陰から見守るつもりが、さっそくうずうずしてきた。
オリウスの隣にはグレンがいて、向こうはボクに気がついているらしく、ちらりと視線をこっちに向けてくる。『何故お前がここにいる』とばかりに目元を顰めている。
ボクの計画では…『オアシスを管理しているおじさんがボクがいないことに気付き、オリウスに知らせる』→『なんですって、大変! レーヴェを探さないと! と慌てるオリウス』→『頃合いを見計らってオリウスに発見されるボク』→『もう、目が離せませんね、ってことでボクは晴れてオリウスのバディリスト入り…!』まぁだいたいこんな感じ。
問題児としてでもいいのだ。とにかくボクはオリウスのそばにいたい。強くなくっても、カッコイイ見た目に反して弱くっても、頑張るから。
思いが重すぎて、ボクの中だけでは抱えきれず、ついに飛び出してしまった。翼をバッサバッサさせて飛び込んでゴブリンをなぎ倒したボクに鎌を振るっていたオリウスが目をぱちくりさせる。「レーヴェ?」そうだよ! と元気よく鳴くとグレンは呆れた顔で炎を吐いてゴブリンを追い払いつつ、何してるんだお前は、とツッコんでくる。
炎の槍で容赦なくゴブリンを突き刺して焼串にした男が首を捻った。焼けたゴブリンを杖を振るって放りながら、「レーヴェ?」「ええ。最近仲間になったアースのフォイマーラベリアですよ。お話ししたでしょ?」「あー、DS無しの8枠でボーナス値4って嘆いてたアレですか」「それです」男は魔法使いらしく、自分の背後から飛びかかってきたゴブリンに土の槍を真下から食らわせて吹っ飛ばした。ボクが大きめで棍棒を振り回してくるゴブリンに苦戦しているのを見て取ると加勢とばかりに炎の竜巻を作り出し、上手にボクの横をすり抜けてゴブリンの方だけを吹っ飛ばした。なんか、慣れている。
「で、そのレーヴェがここにいて、驚いてるってことの意味は?」
「オアシスに預けていたはずなんですけどねぇ」
「あー。家出とか?」
ゴブリンを焼き串にしながらの男のぼやきは的確だった。ギクッとしたボクにグレンが呆れたように目を細くしている。
大きなゴブリンを一人で倒せないで、背中を殴られたり首の横っ面を叩かれたりしてフラフラしていると、見かねたようにオリウスの鎌が降ってきて、ゴブリンの頭に突き刺さった。オリウスが慣れたような動作で鎌を引っこ抜くと、ぴゅーっと血が飛んだ。ひええと後退りするボク。血、血だぁ。
長い杖の柄を地面に突き立てて一息吐いた男が興味深そうにボクを見ている。
「オリさんが気になって追いかけてきたんじゃないですか? その子」
おっと、これも的確だ。なかなかやるな、お前。初対面にしてそこまでボクの事情を見抜くとは…。
ここはアピールするときっ、と懸命にこくこく頷くボクに、オリウスは困ったような考え顔だ。
「DS無しの8枠でボーナス値4ですよ」
「んー…移動用だけでもどうですか。アースは確か速い方って聞いた気が」
「まぁそうなんですけどねぇ。こう、決め手がねぇ…」
悩ましそうにため息を吐くオリウスに、ボクはめいっぱいアピールした。彼女の周囲を駆けずり回って飛び回って連れていってくれー連れていってくれーとアピールしまくった。そのアピールはオリウスよりも男の苦笑を誘った。「連れていってあげましょうよ。オリさんのこと大好きみたいですよ、レーヴェ」うん、そう! 大好き! だから連れていってくれ!! 最後には駄々をこねる子供のように地面をごろごろ転がったボクに、オリウスはまた溜息を吐く。
「そうですねぇ…。まぁ、せっかく仲間にしたわけでもありますしね。採用してみますか」
その言葉にがばっと起き上がって尻尾をぶんぶんさせるボクは、ドラゴンというよりは犬に近かった。どおりでグレンが苦い顔をしているはずである。ドラゴンというのはもっと気高くてだな…とか説教でもしそうな感じだ。
まぁ、こんな感じで、試行錯誤と失敗を重ねたものの、ボクはようやくオリウスと一緒にいる時間を作ることに成功したわけである。ちゃんちゃん。