ゲームな日記

君にやっと巡り逢えた
071234567891011121314151617181920212223242526272829303109

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【 --/--/-- (--) 】 スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

エンドロールなど流させない 四篇





 落ちるとき、堕ちるときというのは何にでもある。そしてその『時』というのは一瞬だ。長く培ってきたものも、永遠に続くと思っていたものも、一瞬ですべてを失う。そういう『時』は何にでもある。人の命にも、国の崩壊にも同様に。
 サークス人と奴らに操られるがままのドラゴンの軍勢により、世界のあちこちは破綻、あるいは崩壊を始めていた。
 そこにあった国や、命の在り方。それだけじゃない。戦争は心の在り様さえ変えていく。
 長すぎる戦は心を荒ませる。それが護るための尊い戦いであったとしても。
 …殉職する兵士の数が日ごとに増えていく。
 本来ならきちんと家族や親族と離別する時間を作ってやりたいのだが、その時間や手間を取ってやれないのが騎士団の現状だ。
 サークス人による死者のアンデッド化を防ぐため、どんな功労を残した兵士も戦場で灰になってもらい、遺灰と、本人だと分かる身につけていたものの一部を持ち帰る。
 …人々の顔から笑みというものが消えていく。
 確かに護っているものにも変化は訪れる。なぜか? それが生きる者であり、心ある者の在り方だからだ。
 ルダール様、と縋る手が重くなっていく。
 俺は俺にできることをしているつもりでいるが、それでも圧倒的に『足りない』のだろう。人々の中にある『騎士王ルダール』はこんなものじゃない…。それが思い込みや理想に縋る妄想からきている姿だとしても、今の俺の姿は民衆が望んだそれとは異なっているのだ。
 理想と現実は違う。限りなく近くすることはできても、完全に一致することはない。それが生き物の想像と現実の創造の限界だ。

「どうした」
「はい。丘の廃墟周辺に潜伏している兵士からの情報なのですが…こちらを」
「……これは…」
「念のためこちらの兵士を向かわせて確認を、と考えています。そこで団長のドラゴンの力をお借りできればと思うのですが、いかがでしょうか」
「そうだな。俺から話しておこう」
「よろしくお願いいたします。
 しかし、この書簡に記されていることが事実とすれば、状況は芳しくないようですね…」
「…そのようだ」

 サークス人達が潜伏していると思われる拠点の一つに丘の廃墟がある。届いた一枚の紙片はその廃墟を見張っている兵からのもので、紙片には破り取られた地図の断片が貼り付けてあった。
 どうやらその丘の廃墟からサークス人達が地図に印のある辺りに向かい、何かをしているらしい。それも夜な夜な毎日と紙片には記されている。不気味な呪文のようなものも風に乗って微かに耳に届くのだとか。
 書簡を持ってきた兵には下がるように言い、俺はろうそくの火を見つめた。頼りない光源に書簡の文字は薄ぼんやりとした影を躍らせている。
(………こちらに何か大規模な攻撃を仕掛けるために準備をしている、と考えるのが筋だろうな)
 結局、いくら前向きに考えたところで結論は一つだった。
 今までの攻撃の仕方ではこの国を落とすのには時間がかかると踏んだか。
 騎士団の疲労は増し、兵の数は日増しに減り続けているが、それでも奴らには手ぬるいのだ。この国を、人々を、ドラゴンを、すべてを葬るまでその攻撃は止まないだろう。
「…ルダール」
 俺がそう口にするときは、ドラゴンであるあいつのことを呼ぶときと決まっている。
 屋根の上にでもいたのだろう、ばさり、と翼を翻す音のあとに重たい着地音、そして長い爪が地面を掻く音が続く。
 のそりとした動きで戸口から部屋の中に顔を突っ込んだルダールはそこで止まった。何かあったときに身動きが取りづらいという理由で建物の中には入らず、顔だけ突っ込む形でこっちを見ている。その眼光は出会った頃と同じくらい鋭いかもしれない。何年か前ならやわらかかったはずの眼差しは、戦争によって失われてしまった。
 俺も、今はあんな目をしているのだろうか。
 いや、俺はもともと、どんな目で物事を見ていただろうか。どんな眼差しで。どんな感情を乗せて。
「聞こえてたんだろ」
『…ドラゴンは耳も目も良いからな』
 ぼそっとした声にそうだろうなとぼやいて返す。そして、しばらくの間があった。
 今日も夜は静かだ。窓の外に大きく漏れるような光源はなく、話し声もしない。
 人家の明かりは敵に居場所を知らせるものになってしまうため、街の人間は最低限の光源で生活するようにしている。だから夜は暗い。
 ルダールから話をする気はないようなので、俺が先に口を開いた。明るい話題でもない分、できればしたくはない会話だが、必要なものだ。仕方がない。
「大規模な攻撃を仕掛けるための前準備だろうな。サークス人は怪しげな術をいくつも使う」
『毎夜準備をしているとなれば、相当なものだろう』
「ああ。なんとしても阻止しなければ」
 …そう、できるだけ早い対処が望ましい。そして、兵士の数よりも、その実力。相手がサークス人であることを考えると、実力がある兵の速やかな一撃による各個撃破が理想だ。そして、それを満たせる兵士というのは限られている。即ち、俺だ。
 俺とルダール。一人と一匹が地図に印のあるこの場所に乗り込み、奇襲攻撃を仕掛け、サークス人が展開している大規模な攻撃を阻止する。
「俺とお前で行くしかないだろう」
 ぼやくようにこぼす俺に、ルダールは低い声で唸った。眉間に皺を刻んでのその唸り方は承伏しかねるってときの少し不機嫌な返事の仕方だ。
 だが、現状それが一番の手であることをルダールは理解していた。だから俺が再び兵士を呼んで話をしているとき、何も言わなかった。それが犠牲がもっとも少なく、奇襲作戦の成功率が高い現実的な方法であると解っていたからだ。



 次の日の夜、暗闇に紛れて、俺達は街を離れた。
 灯りは持てない。俺はルダールの目を信じてその背で揺られるだけだ。
 騎士団の副団長には俺が行くということで話は伝えてある。あとは俺とルダールが速やかに任務を遂行、帰還。多くの者は俺とルダールが動いたことなど知らないまま朝を迎える。それでいい。騎士とは民を護るものだし、団長である以上部下にいらぬ苦労や心配をかけたくもないものだ。
「なぁ、ルダール」
 俺がそう呼ぶときは、名もなきドラゴンだったパートナーを呼ぶときと決まっている。『なんだ』という低い唸り声はまだ若干不機嫌さを感じる。その不機嫌をさらに助長してしまうんだろうなぁ、と思いつつも、俺はこう口にしている。
「人間を、嫌いにならないでやってくれ」
『……なぜ今それを言う』
「なんとなくだよ。いや…俺だって人だからな。間違いなくお前よりは早く寿命を迎えるだろうし、その意味でも、言えるうちに言いたいことを伝えてるだけだよ」
『…………』
 明らかにむっすりとした空気で俺の話を拒否しているルダールにこっそりと苦笑する。いい返事は返ってこない。だが、話は聞いてくれている。是の返答がなくても俺にはそれで充分だ。
 そう、充分だとも。





§   §   §   §   §






 サークス人が潜伏していると思わしき丘の廃墟を張り込んでいた兵士と一度合流し、ルダールが話をしている間、私はじっと夜の気配に神経を尖らせていた。
 暗闇を見通すこの両眼も、些細な物音さえ拾うことのできるこの聴覚も、今はなぜだか疎ましい。持って生まれたものに能力が備わっているというのはある種不便だ。背負わなくていいものを背負わされる理由になる。
 今回の作戦は必要だ。放置しておけばルダールが死守してきたあの国が滅びる原因となるかもしれない。それに、どのみちサークス人は生かしてはおけない。どの角度から見てもこの措置は必要なのだ。そう頭では理解している。だが、私の中の何かがこの作戦の危険性を訴えている。一体何が。そう考えるものの、問いは自分の中を堂々巡りするだけであり、自問の声に自答はない。
 ルダールが兵の肩を叩いてこちらに戻ってくる。ルダールのことを敬礼して見送る兵士の微妙な表情が、私の中の問いの声を大きくさせる。
 だが、時間は止まらない。どんなに暗い夜にも朝は訪れる。立ち止まって呆けている時間はない。
 暗闇に紛れて迅速に行動すること。いくらサークス人といえどもドラゴンの如き夜目などは持ち合わせていまい。明け方や昼間、日中に活動することを考えれば、影や暗闇に混じれる夜の行動が望ましい。
 まずは空の偵察がいないかを私の両眼でじっくりと観察する。空の分厚い雲に紛れた影は認められない。
 なるべくゆっくり、羽音一つ立てぬよう、慎重に。この移動だけは迅速を捨て、敵に見つからぬことを第一に行動する。
 私の背に跨っているルダールは静かだ。失敗は許されない作戦の前であろうと息一つ乱さない。
 しかし、ルダールはふと気付いた様子で私の後頭部を撫でた。ざらりとした手袋の感触が空気の澱みと風の冷たさに紛れて消えていく。
「信じてる」
 それは、いつかの言葉だ。私という存在に不意打ちを与えた言葉。
「愛してる」
 あのとき世界は美しかった。私は美しい世界に連れ出された。そして世界の尊さを知った。それを護りたいと思う心を得た。
 しかし、ルダールの浮かべる笑顔にはあの頃よりも影があり、疲れが見え、苦労の色が隠せないようになっていた。
「人間を、嫌いにならないでやってくれ」
 私の頭を撫でながら奴は言い聞かせるようにそんなことを言う。
 私の中でまた一つ、声にならぬ疑問が膨らんでいく…。
 それでも作戦に忠実に従う。それがルダールのためであり、ルダールが護る国のためであるから。
 丘の廃墟群の向こう、不自然に地面に穿たれた大きな穴に、ローブを纏った人の姿がぼんやりと認められる。杖を手に耳に残る詠唱をブツブツと唱え続ける者、何かの薬剤同士を混ぜ合わせて何かを作っている者、怪しげに蠢く何かの前で話し込む者…。まさかこちらから奇襲を受けるなど予期してもいなかったのだろう、警戒の色はない。
 私はゆっくりと飛ぶ。焦りを殺し、怒りを殺し、私の中で燻る疑問も、今は殺す。
 そうして、私が穴の淵にルダールをそっと下ろし、自分はルダールと向かい合う形になる反対側の淵へゆっくりと移動する。
 ルダールから私がどの程度見えているのかは謎だが、私には奴の表情の細部まで見て取れる。
 行こう、と動く唇に、私は唸り声で応えた。これみよがしな警戒の声を上げて唸ったのだから、穴の中で何やら作業しているサークス人の意識が私に向くのは当然のことだ。その瞬間を逃さず穴の中へ飛び降り剣を抜き放ち一人目の首を刎ね飛ばしているルダールは慣れている。無駄も迷いもない動作でフードを被った人間の首を二人三人と刎ね続ける。私はできる限り派手に動き回り、敵の意識と攻撃を引き受け、回避する。薬剤の何に引火するか分かったものじゃないから炎は威嚇程度にしか吐かないが、たまには攻撃もする。そうしてこの奇襲が私だけではなくルダールもいると気付いたとき、敵の数はもう半数を切っている。
 ああ、何も問題はなかった。いつものように、ルダールと私で事足りることだったのだ。私は何を燻らせていたのだろうか。
 私が爪で引き裂いた奴が人間の形をほぼなくしながら肉塊として崩れ落ち、背後から詠唱の魔法攻撃で私を狙っていた奴は尾を振り抜いて打ちつけ、壁に激突させてやった。オーセラ人のように身体が丈夫ではないサークス人には間違いなく致命傷だろう。
 最後の一人、私とルダールに挟まれて逃げることもできずじりじりと後退っていたサークス人は、狂った人種らしく、追い詰められたこの場面で高らかに笑った。私はその笑い声に顔を顰め、ルダールが無言で剣を構える。
 サークス人の頭が刎ね飛ばされ、フードを被った頭が宙を舞う。一瞬見えたその表情は狂喜に歪み、正気の色など見えない。
 ごっ、と重い音を立てて最後の一人の頭が地面を転がっていく。
(さあ、これで終わった。さっさと帰ろう。私は水浴びをして血を落としたいし、それはお前も同じだろう)
 ルダールが肩の力を抜いて剣先を下げ、刃を鞘におさめた。細く長く息を吐いたルダールに声をかけようとした私の耳に、地鳴りが先に届いた。ビシ、と音を立てて地面に亀裂が入る。私は翼のある生物としてその事態に反射的に羽ばたいていたが、ルダールには翼などない。奴は突然崩れ落ちた地面もろとも穴の中に空いたさらなる穴の中へ呑み込まれていった。
『ルダール!』
 私は吠えるようにルダールを呼んで、穴の中に飛び込んだ。
 しかし、何も焦ることなどなかった。穴はそれほど深くはなく、ルダールは瓦礫に片足を取られていたが、重傷ということもないようだ。痛みに顔を顰めてはいるが、顔色は悪くはない。
 私が岩に尾を叩きつけて退かすと、ルダールは顔を顰めながら岩の下敷きになった足に触れて「きれいに折れたな」とぼやく。そして自分で今できる処置を始めた。残念ながら私は治癒術が使えない。力ばかりあり余るが、それはこの場面では役に立たない。
 私はルダールの怪我が重くはないことに内心胸を撫で下ろしながら、改めて、突然の地面の崩落と、崩落によって落ちた穴の存在を思い出す。
 首を巡らせ、改めて辺りを見回してみる。灯りなどはなく、私でもよくよく目を凝らさなければ影と夜の濃さに景色を見失いそうだ。
 穴の壁際には何かが置かれていた。水晶…のようにも見える。明らかに不自然だ。『ルダール』私は唸るように奴の名を呼ぶ。なんとかいい具合いに足を固定したらしいルダールがひょこっとした動きで立ち上がりかけている。「どうした」『戻ろう。乗れ』「待て。ここを調査していった方がいい。情報が得られるかもしれない」それは最もな意見だった。だから私は一瞬反論できなかった。強く出ることができなかった。ルダールのマントをくわえて無理矢理にでも飛び立つという選択肢を取れなかった。
 そして、それは起こった。
 強い光。強く黒い光。オーラ、とも言うのかもしれない。
 穴のあちこちにある水晶から突然黒い光が上がる。私はやはり反射的に、翼ある者として、飛び立つことでそれを回避していた。
 だが、ルダールの背に翼はない。しかも奴は今片足を負傷している。地面がしっかりしているとはいえ、跳んで私に掴まるということは今の奴にはできなかった。
 一瞬の黒い閃光。一瞬のその光が水晶から波打つようにして地面に黒い魔方陣を描き出す。それは半分瓦礫に埋まっていたが役目を果たした。
 ルダールを中央に捕らえ、その魔法は、発動した。


 …例えるとするなら。星がすべて落ちてしまった、光一つない、夜空とも言いがたい闇、だろうか。
 その魔方陣はルダールを己の器として捕らえ、ルダールの身体に乗り移り、奴の肌を黒い紋章で染め上げた。
 それが良いものであるはずがない。奇跡など望めるはずもない。
 サークス人がひっそりと活動していた拠点にあった、黒い魔方陣。人体を犯す禁忌の魔法。それは騎士王ルダールを犯し、奴を己の器にしようと、奴のすべてを破壊し始めた。
 人格。記憶。思い出。表情。癖。声。奴のすべてを壊し、自分の思うように作り変え、器にしようと、黒い魔法は容赦なく牙を剥く。


 魔法を剣でどうにかできると思ったわけではなかろうが、長年の反射によるものだろう。抜き放たれていた剣はルダールの手から滑り落ち、ガラン、と音を立てた。
 私は呆然とルダールを見ていた。黒く染まっていく奴の肌を、苦痛に、いや、憎悪に歪んでいくその顔を、見ていることしかできなかった。
『ルダール』
 声をかけてみたものの、私の声は絶望に満ち、震えていた。
 私の知っているルダールが消えていく。碧眼の瞳からは光がなくなり、唇は引きつり、笑おうとするのに、怒ろうともしている。
 ……もうどうすることもできないと、私の中の冷静な部分が告げている。
 たとえこの場にギガドラゴンがいたとしても、きっとどうにもできなかったろう。これはそういう類のものだ。
 唇を引きつらせ、皮膚のあちこちを痙攣させながら、ルダールの口がどうにか私を呼んだ。反射的に地に下りそうになるが、寸前で思い止まって空中に戻る。
 あの魔法がこれきりという保障などどこにもない。私は私を呼ぶルダールのそばへ行くことも叶わない。
 だが、ルダールは笑った。諦めている顔だった。しかし、それでいい、と肯定している顔だった。
「これが、くろのすの、きもち、か。なるほど。しにたくなるわけだ」
『ルダール』
「ざんねんだ。るだーる、ほんとうに。ほんとうだよ。おまえにつたえたすべては…」
 ルダールがブルブルとおかしなぐあいに震える左手を右手で押さえつけた。「じかん、が、ないな。わかってるだろうが…おれはもう、だめだろう。すぐにじぶんをなくす」ぐっと奥歯を噛み合わせる私にルダールは唇を引きつらせて笑う。憎悪に歪んだ目にはまだ優しさが欠片ほど残っている。それが残っているルダールだ。身体の支配権は魔法に喰われ始めている。
 ルダールが私を見上げている。黒い紋様の浮かんだ肌で、支配されそうになっている身体と意識で、それでも私を見上げて、笑うことを選ぶ。
「おれを、ころしてくれ」
『…できない』
「やつらが、したかったのは、おれを、しはいして、くににもどらせ、ないぶから、はかい、することだ。もどれない。もどれないんだよ、るだーる」
『できない』
「るだーる」
 信じているよ、と声がする。愛しているよ、と声がする。
 俺に愛する国や人々を殺させないでくれ、と言う声がする。
 知っている。よく知っている。だが、お前はこれを知らないだろう。私の気持ちを。ドラゴンであるが故に鍵をかけて隠し、アノヤーテンまで持っていくはずだった私の気持ちを、お前は。
『私に、愛するお前を手にかけろというのか!』
 こんな形で伝えたかった想いではなかったというのに。
 それはほとんど叫び声に近かった。悲鳴に近かった。私の心はギシギシと軋んで悲鳴を上げていた。
 奴は一瞬だけいつもの奴に戻った。それだけ奴の心が動いたということなのかもしれない。一瞬だけきょとんとした顔を見せ…やはり、笑う。少しだけ照れくさそうな顔だった。すまない、と動いた唇の形を最後に、ルダールから、ルダールが消えた。
 それまでの表情の歪みが消え、身体の痙攣が消え、奴の肌を支配していた黒い紋様はすうっと肌に溶け込むようにして消えた。ルダールという人間が完全に支配されてしまった瞬間だった。
 ルダールの手が滑るように滑らかな動きで地面に落ちていた剣を拾うのが私の視界に映っている。
 しかし、私はその現実を信じたくない。拒否したくてたまらない。目を背けたくて仕方ない。
 だが、現実は容赦なく、ルダールはその剣を投擲するように私に向かって放った。遅れた動作で私がそれを避ける。翼の皮膜が少し切れる感触がした。ルダールは無表情に腰の短刀を抜いている。それも、私に向かって放つためだ。
(…騎士王は死んだのだ)
 私はようやくその事実を認め、静かに涙を流した。
 ルダールは。いや、ルダールだった者は、私の喉元を狙って短刀を投げつけている。私は先ほどより素早くその攻撃を避け、そして、大きく息を吸い込んだ。
 胸が熱くなる。炎を吐く前の身体的反応ではない。
 すでに視界は涙で歪んでいるが、私のすべきことは、決まっていた。
 私は全身全霊の力を込めて炎を吐いた。灼熱を吐いた。人間を塵にする炎を吐いた。ルダールの亡骸が骨一つとして残らぬように。間違っても骨が独りでに立ち上がり、動くことなどないように。
 私は焼いた。愛する者を焼き殺した。意識の死んだルダールの肉体を、この世から焼き払った。
 私はギガドラゴンではない。ギガドラゴンほどの力はない。私の炎に魂を浄化するような力があるかは分からない。
 だが、今はそれを祈らずにはいられない。
 私は焼け焦げた地面と瓦礫、未だ燻る炎の赤と橙を眺めていた。そこにルダールという人間がいたという証は何一つ残らなかった。
 何一つ、残らなかった。…残せなかった。
 私は分厚い雲に覆われた空を見上げ、吠えて、泣いた。鳴いた。ないた。



スポンサーサイト
【 2015/09/27 (Sun) 】 お話 | TB(-) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

モレンド

Author:モレンド
モレンドです!
画像はちょろさんが描いてくれたものをちょっと加工しました!w

オラディアを舞台にした小説などを載せています。
よかったら読んでいってね~

Twitter
カウンター


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。